時事英語を学ぶ
私の学生時代と言えば、1960年代後半のことになるので、高度経済成長と呼ばれる最後の時期であった。大学の授業科目も1、2年生の教養科目の人気はそれほど高くはなかったと思うが、私にとっては興味深い科目があった。
専門課程に進学する前に、ゼミナール(いわゆるゼミ)形式の「自由科目」という名称の単位科目があり、その中に、英字新聞を素材にして、時事英語を学ぶというものであった。この分野の専門家であるW教授の授業は丁寧なものであった。毎回、どこそこで火災があって3軒全焼など、新聞記事になるような日本語の文章の宿題が出た。受講生が提出した英訳文の解答に対しては、赤字で添削された解答が受講生に戻された。結構英語が得意な学生が集まっていたが、解答用紙は全員まっ赤だった。
教室外では、担当教授引率の下、英字新聞の発行元であるJapan Times社を訪問し、社内見学や、ベテラン記者の解説などがあった。首相の記者会見などは、テレビ中継を見ながら、その場でタイプライターをたたくとのことである。大変な英語力、さすがプロだと驚いた。学生時代に、ニュースの現場でプロの力量を目の当たりにする体験は貴重である。
多くのことを学んだが、そのうちの一つに、英字新聞の紙面構成と文章の構成がある。どのようなことかというと、記事内容の重要度に応じて、紙面の上段から下段に向けて、記事が見出し(ヘッドライン)、リード、本文(ボディ)の順で作られていく。これを「逆三角形型または逆V字型」の構成と呼ぶ。見出しには重要な単語が使われ、その見出しとリードだけでも内容がコンパクトに分かる。
「〇〇大統領辞任」が見出しに相当し、リードは、いつ、どこで、誰がなどといった5W1Hを含む。そして、本文はその状況や背景説明が続く。忙しい読者は、頭の数行だけでも概略が分かるという段取りである。段々細かくなると、記事の続きが別頁に飛んだりする。
こんな作業を続けていると、否が応でも時事英語力がついてくる。その他実用的なことにも応用できそうなので、以下にいくつかの事柄を強調しておく。
・英字新聞の記事は、世界情勢から日常生活までの事柄が掲載されているので、世界のすべてを知る窓になる。天気予報、戦争、景気動向、文化、芸能、スポーツ、人生相談、等々。
・文章は重要度の高い順に説明すると効率的である。伝えたいことがあると、どうしても細かいことを沢山含み勝ちになる。初めて耳にする人や多忙な人にとっては、重要な事項を優先してほしいと考えるものである。
・重要度の高い順に説明を始めれば、終盤重要度の低い事柄は省略も可能となる。この種の方法は、企画案提示や予算獲得の際にも役立つ。
・英字新聞では、氏名がフルネームで表現されるので、否が応でもフルネームを知ることができる。大リーグの大谷翔平選手の活躍で、Shohei Ohtaniが、日本人にも一般的になった。
・中国人の氏名も、英字新聞では、中国式の発音がよく分かる。毛沢東も日本式の発音では、世界に通じない。因みに、習近平国家主席は、シー・ジンピンと発音する。
現代ならば、海外のネット記事を直接読むことができる。文字情報ばかりか、音声や映像による情報もあるので、豊かな情報社会で生活しているといえる。私たちにとっては、ネットでのやり取りなどにふさわしいリテラシー(読み・書きの基礎力)の習得が必須である。
(金安岩男 慶應義塾大学名誉教授)