旅行の楽しみ

コロナ・ウィルスも少し落ち着き、人々が旅行する機会が増えつつある。旅行先を決める際には、いろいろな選定基準があり、人それぞれである。その町を一通り見たいという希望をお持ちの方は、あれもこれもと列挙し、忙しい旅の計画表になる。とくに海外旅行だと一生に一度となる可能性が高いので、何でもみたくなる気持ちはよくわかる。
自分の仕事柄ゆえ、私にとって旅行は仕事の一部である。国内旅行の場合は、大都会東京には欠けている要素を求めて旅に出かけることが多い。自然景観、歴史的町並み、商人宿、土地の食べ物、郷土史の書籍、地元の人たちとの会話などが、主な資源となる。そして将来どうしたらよいかを考える。未知の町への期待とそこへの移動とが楽しみになるので、下調べも欠かせない。
海外旅行の場合は、自ずと日本的でないものを見聞し体験できるので、興味深くなる。一方で、日本との関わりを手掛かりにして、見て歩くのも楽しい。例えば、リヨンを旅した時は、永井荷風の『ふらんす物語』を持参し、ソーヌ川とローヌ川の二つの川を眺めながら、その一節を朗読してみたりした。なかなか気分が良い。
台湾の人気観光地九フンに出かけた時は、立ち寄った金鉱博物館が興味深かった。なぜかと言えば、この土地が発達した由来が金や銅を発掘する鉱山業であり、その歴史が博物館の説明や展示物で理解できるからである。見物客が他にいなかったので、なおさら印象に残っている。
北京大学の老歴史家の先生に面会する機会があったが、その時は、日本の軍隊が攻めてきた時の話などの体験談をうかがうことが出来た。「今、このようにあなたとお話ができる平和な時代になってよかったですね」との言葉は、ほんとうにそうだな、と私も思った。
毎回面白がって現地観察するのが、「ゼロ・ポイント」である。日本ならば、お江戸日本橋の中央部にある道路元標に相当する。イギリスのロンドンではトラファルガー広場のチャールズ1世騎馬像の後ろ、フランスのパリではノートルダム聖堂前の広場、スペインのマドリードならば「太陽の門」(プエルタ・デル・ソル)の所にある。私が写真撮影をし眺めていると、人々が寄ってくる。何もないと思われる地面を眺めている光景が、何ともおかしかった。その他、主要都市のゼロ・ポイント探しをするのも一興である。
旅行は移動することと、非日常の環境に自分自身をおくことである。その際の見聞から得られる楽しみはたまらない。訪問先の都市の魅力は何なのであろうか。都市は、人口の規模、種類、活動の多様性に特徴がある。都市を構成する要素が増えれば増える程、そのつながりが増え、多様な展開が期待される。もし特定の要素しかない場合だと単調である。ぐちゃぐちゃしていることが、ある種の魅力を生み出している。混とん(カオス)は、良し悪しの両面があるので面白い。
都市の魅力は、その人の関心次第でもある。今や大都市になっている町が、一体どこから始まり、どのように発展していったかというのが、私の主な関心である。調べてみると、大体が自然条件が基本にあり、その後の社会的・経済的条件などが加わることにより、その都市固有の形態が生み出されていく。そんな状況を観察しながら、町を見て歩くと、新たな発見も出てくる。都市の規模に関わらず、都市の魅力発見の楽しみは続く。
(金安岩男 慶應義塾大学名誉教授)