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店の名前は結構印象に残るものである。その中には店名が気になって、後でいろいろ調べて見たくなる場合もある。今回は飲食店名のお話である。
10年ほど前に、夫婦でパリ旅行をした。パリ在住30年の知人がいたので合流し、街を一緒に見て回った。その時の関心はパリの都市発展だったので、歴史的な市壁の痕跡を辿って歩き回った。昼食は知人にごちそうになってしまったが、セーヌ川左岸のいわゆるカルチェラタン地区のソルボンヌ大学近くのレストランでの食事だった。野菜の多い食事を注文したが、肉の量も結構多かった。私が注目したのは、食事をした店の名前である。「ラ・メトッド」といった。日本語訳すれば、「方法」もしくは「方法論」になるだろうか。店の位置はセーヌ川左岸の大学町にあるコレージュ・ド・フランスの隣になるので、いかにもという店名である。
ニューヨークには、考古的テーマの品物を販売している「アーキオロジー」という店があるが、日本語に訳すと「考古学」になるので面白い。日本の大学町ではどのような店名があるのだろうか。神田の学生街には「さぼうる」という創業60年の喫茶店がある。スペイン語の「味」の意味らしいが、怠ることの「サボる」に聞こえ、これもそれなりに楽しい。全国から「いかにもという店名」を集めたら、意外に面白いかもしれない。
私が三十代の初めに大学に職を転じ、仙台市で暮らすことになった時のことである。私は東京生まれで地方都市の生活は初めてだったので、見るもの聞くもの皆珍しかった。そんなある日、同僚の先生がある和菓子屋さんに連れて行ってくれた。周囲は高い建物が多い中、和風民家の木造建築で、和室の床の間の前で、火鉢の炭火を脇にして和菓子と抹茶をいただいた。雰囲気が良い店で、その店の名を「売茶翁」(ばいさおう、と読む)といい、初めて聞く言葉であった。店の人に聞くと、何か茶を売って生計を立てていた僧侶の名前とのことであった。気にはなっていたが、そのまま月日が経過してしまった。
江戸時代の文化人についての文章を読むと、時々売茶翁の名前が出てくる。気にはなるが、そのまま流すことにしていた。今夏、京都の相国寺の承天閣美術館に行ったら、伊藤若冲が描いた売茶翁の肖像画があった。書物に掲載の写真で見て知ってはいたが、実物の肖像画を見るのは初めてだった。これはいつか関連する論文なり書物を読まねばと思っていた。そんな折、ノーマン・ワデルによる『売茶翁の生涯』なる本が出版されていることを知り、取り寄せて読んだ。元来は禅僧で、荘子の思想を表現した詩をつくり、煎茶を広めた人物であった。京都の各地に茶店を出しては生計を立て、京都の文化人ネットワークを形成していた。まさに売茶翁の生涯が良く分かる本だった。これで、30年以上も気になっていた人物の全貌が見えてきた。すると、売茶翁をテーマにした博士論文も近年何編かあることを知り、若い人々にも興味を持たらす人物なのかと、改めて見直す機会になった。
何かがきっかけになって、何が何とどんなつながりを持ってくるのかは、実に分からないものである。これが探究の面白さである。聞きなれない和菓子店の店名が長年気になっていたが、後年になって、こんな形で読書対象になるのも面白い。そして、これが何かビジネスのヒントにならないかと思いをはせているのが私なのである。
(金安岩男 慶應義塾大学名誉教授)
