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Men’s Life Style
金安 岩男

著者:金安 岩男
1947年2月に東京の下町に生まれる。
学部で経済学、大学院で地理学を学び、外資系情報企業、国立大学、私立大学での勤務経験を有し、研究、教育、研修などの各種プロジェクトを実施。地理学者として、計画実践、プロジェクト発想に取り組んでいる。海外諸都市の街歩き、相撲などを趣味に、発想のヒントをいつも探究中。社会的活動として、政府機関、地方自治体の各種審議会、委員会などの会長、委員などを務めている。
主な著書に、『時空間の構図』、『プロジェクト発想法』、その他多数。現在は、慶應義塾大学名誉教授、新宿自治創造研究所所長。

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新宿駅の乗降客数は、一日あたりで約350万人もあり世界有数である。地下街を含め駅周辺の通路は複雑で、自分の現在位置を知るのも結構大変である。しかし、一度方向が頭に入れば、飲食店や各種店舗も多く、楽しい迷路となる。そんな新宿地下街で年に数回古書市が開催される。本好きなので、掘り出し物探しに立ち寄ることがある。

ある時に和綴じの小さな本が目に入った。書名が『改正月令博物筌』(カイセイ・ゲツレイ・ハクブツセン)という歳時記の類の本であり、ばら売りのものを一冊買い求めた。発行年は文化5年なので、西暦でいえば1808年、つまり今から210年程前ということになる。鳥飼洞齋の編述とあり、かの『養生訓』で有名な貝原益軒が増選とある。この歳時記は16冊からなり、私が買い求めた本は<正月部>の一冊である。頁数は約200頁で、言葉の説明、各地での行事、和歌、俳諧、狂歌、漢詩、食べ物、草木、天候などが紹介されている。ぺらぺらめくっていると、歳時記なので現代でも分かる事柄が記載されているので飽きることがない。そのいくつかをご紹介しよう。

例えば、<正月>のことは、次のように説明されている。正月を一月といわないで「正月」というのは、正しいという意味からである。正月を「謹月」(きんげつ)というのは正月が年の初めを謹むべきことを示しているからであるという。以下、正月の異名である睦月、端月、初春など約20もの言葉を説明している。

和歌では、次の歌が掲載されている。この時期の景色が目に浮かぶようだ。
  霞立つ初春月の朝日うけのどけき色や雪にみゆらん  蔵玉

<注連餝>(しめ飾り)を歌った一休和尚の狂歌は次の通りで、内容には同感である。
  餅つかず注連餝せず松立てずかかる家にも正月は来つ  一休和尚

注連縄を引くのは不浄を払う心からである。神社には一年中注連縄があるので、季語にならないが、「飾る心を用ゆれば正月の季なり」と述べている。

<雑煮>は、冬に作り置きした餅に種々の品々を加えて羹(あつもの、吸い物)にしたものである。土地や各家庭により、その調理方法も様々だとしている。加える品としては、芋頭、大根、芋の子、焼豆腐、かち栗、昆布、あわび、煎り海鼠、するめ、あらめ(海藻)、牛蒡、数の子、田づくりなどを列挙。さらには次の狂歌が載っている。胃袋の大きい人は、胃袋が張ることにより春を知るのだろう、という意で分かりやすい。
  臓太(ぞうぶと)に雑煮くらふ人はただ臓(はら)のはるにや春を志るらん  読み人知らず

<六日年越>では、七日は式日(儀式や祝祭のある日)なので、前日の今日を六日年越というのだろうか、とある。京都の高台寺方丈では懺法(罪を懺悔する儀式の法則)、江戸の浅草寺では修正会(前年を反省し悪を正し、新年の国家安泰、五穀豊穣などを祈願すること)、そして近江の山王二宮の神事能(神社の祭礼に奉納される能)がこの日に開催されるとしている。

<十日天気>の項目では、月に暈(かさ)がかかると、春に日照りになる。ただし、暈が早く消えれば日照りにならない。午の三刻(13時頃)に風をつかさどる風がなければ雨が降る、としている。

<夷祭>は、十日夷ともいう。西宮、今宮が有名。
  世や御代や笹に小判も春の色  亀音
  商人の慾に心やみだるらん夷祭りの笹かたげゆく  貞柳

<草木>では梅の説明がある。日本では、昔は花と言えば梅のことだったが、中世になると、花は桜を意味するようになった。桜は現代の国内外で人気が高い。
闇の夜も匂ひや梅の笠じるし  卜空 
注)匂いが梅の存在の標識(笠じるし)になる意
梅一輪一輪程のあたたかさ  嵐雪

<十五日>は、今日は俗に「小正月」という。今日雨が降れば、八月十五日にもまた雨が降る。空が晴れれば、果物は大いに熟すとある。正月十五日までを、「松の内」という。十五日までは門に飾りがあるからであり、「江戸では七日かざりを引く」と記載されている。

この本を読み終えて、生活文化の継続性を感じ、つくづく日本人の文化度は高いとの感想を持った。ここでは、ほんの少しご紹介しただけで、歳時記の記載内容の多くをこの欄では書ききれない。500円で購入した古書の楽しみは、これからもまだまだ続く。
(金安岩男 慶應義塾大学名誉教授)
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