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随分昔のことになるが、イギリスの大学で研究生活を送っていた時のことである。聞き取り調査のために北部の町に立地する日本企業の工場を訪問したことがあった。日本からやって来た二人の研究者を私の車に乗せて、道中おしゃべりを楽しみながらの調査旅行となった。
訪問した工場の工場長は日本人で、イギリス駐在が丸二年になるというタイミングであった。海外の暮らしにも慣れ、イギリス人労働者の気質や企業経営についても大分わかってきたとのこと。企業訪問客である私たちに対しては、話したいことが山ほどあるという感じであった。私たちの質問に対して丁寧に答えてもらえたのはありがたかった。私が知りたかったことの一つは、そこで働くイギリス人の労働者の質に関してであった。これは経営者の立場からでないと分からないし、日本との比較でないと分からないこともある。私からの問いに対する工場長からの返答が興味深かった。
「イギリスの労働者の質は悪くはありません。しかし日本人の眼からすると、何かが不足しているという感じなのです」とのことであった。その「何か」とは何なのだろうか。
イギリスは、労働組合の力が強く、職制がはっきりしていることでも知られる国である。一人が休むと、書類は机に積み重なり、他の持ち場の人が助けるということが容易に行えないような時代であった。工場長の話は続く。
「イギリスの労働者は、言われたことはマニュアル通りにしっかりやってくれます。しかし、ものづくりは、必ずしもマニュアル通りではうまく行かないことがあります。その日の気温、湿度などの気象条件によっては、機械の具合が微妙に異なります」
「マニュアルには、ネジを右に2回まわすとあっても、その日の調子によっては、2回丁度なのか、2回を強めに締めるのか、微妙な調整が必要だということです」
「その微妙な違いにいち早く気づく人がいて、働くもの同士が連絡し合い、知識を組織として共有することが肝要です」
「ものづくりには多くの工程があります。その過程での微調整を伴う情報共有の積み重ねにより、最終的には製品となります。製品が出来上がった時、製品の質の出来栄えを左右することになりますね」
我々研究者は、工場長による現場の感想に共感した。私は、「一言でいうと、<ネジの一締め>の大切さということになりますね」、との言葉を返した。工場長は大きくうなずき、「そうなんです。まさに<ネジの一締め>ですね」
人間による微調整が入るということは、生産工程の標準化とは反することになるので、その良し悪しについてはさまざまな評価がありうる。しかし、ここでのエピソードが何となくわかるのは、マニュアル方式の功罪を私たちがよく知っていることに由来している。帰路の車中、三人の日本人研究者の会話は、日英の経営比較やら、比較文化談義などで盛り上がった。とりわけ「ネジの一締め」は、受けた一言になった。
一流のフィギュアスケート選手も、氷の状態や靴の状態などを考慮しながら、その日の調子に合わせて、スケート靴の刃のネジの締め方をぎりぎりまで微調整している。ネジに限らず、ほんのちょっとしたことの微調整の積み重ねが、最終成果の出来栄えに影響する。「画竜点睛」があれば、「蛇足」もある。何事に関わらず、些細なこともおろそかにせずに、ネジを巻いて良い成果を上げたいと思う。
(金安岩男 慶應義塾大学名誉教授)
