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Men’s Life Style
金安 岩男

著者:金安 岩男
1947年2月に東京の下町に生まれる。
学部で経済学、大学院で地理学を学び、外資系情報企業、国立大学、私立大学での勤務経験を有し、研究、教育、研修などの各種プロジェクトを実施。地理学者として、計画実践、プロジェクト発想に取り組んでいる。海外諸都市の街歩き、相撲などを趣味に、発想のヒントをいつも探究中。社会的活動として、政府機関、地方自治体の各種審議会、委員会などの会長、委員などを務めている。
主な著書に、『時空間の構図』、『プロジェクト発想法』、その他多数。現在は、慶應義塾大学名誉教授、新宿自治創造研究所所長。

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質問は良い機会をつくるーナナと読むかシチと読むかー
2020/12/26
教師という職業柄からか、日頃から森羅万象についてさまざまな質問を受ける。自分の専門領域ならばそれなりに応えることが出来るが、知らない事柄も多くて大変である。しかし、質問自体は興味深いことが多く、結構楽しめる。質問を受けることをよい機会だと考え、億劫がらずに取り組むことにしている。職業を問わず、質問は良い機会になると考えると、質問をする側もされる側も、共に前向きの生き方ができそうである。

ある日、朗読を学んでいる人から、岡本綺堂の怪談『影を踏まれた女』の中に、「七尺去って師の影を踏まず」という箇所があり、「七尺」はナナシャクと読むかシチシャクと読むか、どちらが正しいのかという質問を受けた。朗読は文章を目で読み、口に出して人に聞かすわけなので、読みやすさと聞きやすさの両方とも大事で、読み方に関しては人一倍敏感である。文庫版には、シチシャクとルビ(ふりがな)が振られているとのことだが、ナナシャクの方が読みやすいらしい。ふりがなは編集担当者が付けたりしており、著者の意向や言語学的に正しいかどうか等不確かな場合もあるので、再確認が必要である。

日頃、活字を読むことは私の仕事の一部であるが、文学作品は暇な時にしか読まない。さらに私は国語学者ではないので、言語学的な回答はできそうもない。しかし、ある人が「七」の読み方についてふれた文章をかつて読んだことがあり、少し基礎知識があった。そこで、質問を受けた時は、「シチシャクと読むのでは」と回答したが、気になったので少し考えてみた。

「七尺去って師の影を踏まず」といふ語は、唐初に編纂された仏教の本『法苑珠林』(ほうおんじゅりん)に掲載された教えである。弟子が師匠から遠過ぎては師匠の声が届かないし、近すぎては足を踏んでしまう。そこで、適度の間合い、距離感で指導を受けるべきとの教えである。「七尺」は「シチシャク」と読むので、結果的には文庫版のルビも私の読み方も正解だった。

シチならびにナナの読み方の事例として、「七転八倒」はどうなるのであろうか。読み方は、シチテンバットウである。似た言葉に「七転八起」がある。これはシチテンハッキなので、読み方は「七転八倒」の時とほぼ同じである。ところが、「七転び八起き」ならば、ナナコロビヤオキとなる。読み方にはどのような規則があるのだろうか。

これらの読み方の違いは、次の原理にもとづいている。
・シチと読むのは、次に漢語や字音がくる場合である
・ナナと読むのは、次に和語や和訓がくる場合である

ここに、シチと読む例をいくつか記載すると、七月、七七日、七回忌、七五調、七五三、七福神、四十七士、七人の侍などである。一方、ナナと読む例は次の通りで、親の七光り、七色、七曲、七草、七不思議などである。

原理上は上記の通りなのだが、読み方は時代と共に変化する。七人兄弟、七〇年代などはシチニン、シチジュウとそれぞれ発音するはずだが、言いやすさからか、ナナニン、ナナジュウの発音が一般化した。七半オートバイは、排気量750ccエンジンのオートバイのことだが、ナナハン(750は、7と100の半分の50からなる)と呼ばれることでお馴染みである。辞書の取り扱い方も、理論と実際を反映する。シチとナナの戦いは、ひとえに、口に出しやすいかどうか、聞きやすいかどうか、そして人々がどちらを好んで使うのかにかかっているといえよう。

先ほどある人の文章と書いたが、もともとの出所は、翻訳家の柳瀬尚紀さんの「シチ派ナナ派 真昼の決闘」(『日本語は天才である』所収)という興味深い日本語論であり、これを参考にした。ご興味のある方はご一読をお勧めする。

本欄向きに書き加えれば、次のようになる。私が子供の頃の男子の髪型はといえば、坊主頭か髪を伸ばすかのいずれかであった。髪を伸ばした場合は、床屋さんで、七三に髪を分けることが一般的だった。これは「七分三分」のことで、この時は<シチサン>だった。だから、「シチサンに分ける」という表現があった。現代の髪型は多様なのでどのように表現するのだろうか。もっとも、「分けようがないじゃないか」という声が聞こえるような気もするが、きっと気のせいだろう。



(金安岩男 慶應義塾大学名誉教授)

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