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(2013/08/01)
最近亡くなられたある著名人の辞世の句に、以下の句がある。
「色は空 空は色との 時なき世へ」
この句は、12代目市川團十郎の告別式の際に、息子の市川海老蔵が遺族挨拶で紹介したものである。團十郎のPC(パーソナル・コンピュータ)の中にあったそうで、辞世の句に相当する。團十郎は宇宙が好きで、生前好んで宇宙のことを語っていた。仏教の知識も深かった團十郎のことなので、この句は般若心経の「色即是空 空即是色」を利用した俳句と推察される。
「空」と言えば、宗教学者の山折哲雄が、空は座標軸の原点(零)に相当するのではないかと指摘している。空の思想と零の発見という異なるテーマを組み合わせて考えたらどういうことになるのだろうか。「空」は、サンスクリット語の「シューニャ」(’sunya’)であり、「シューニャ」(’sunya’)は、インド数学の「零」を意味する。いかにも関係がありそうだ。「色則是空、空則是色」は、形あるものも細分化していけば、小さな分子になって消滅してしまう。形が有る(色)ようで無い(空)ような、そして無い(空)ようで有る(色)ようなことを意味しているのだろう。
零の概念はエジプト、ギリシャ、ローマなどで発見されたわけではなく、インドで世界に先駆けて考えられた。インドの位取りは、6世紀頃にはすでに考えられていたようなので、零の発見は、6世紀頃のインドと考えられている。7世紀初め(628年)のブラーマグプタの数学書には、現代と同じような以下の記載がある。
• a x 0 = 0
• a + 0 = a
• a – 0 = a
当時は、木の板の上に砂をまき、数字を書いて計算していた。インドの位取りの伝播過程をみると、インドから「記数法」が生まれ、そして773年に「天文表」がイスラムへ伝わった。イスラムでは、ギリシャ古典をアラビア語に翻訳し、代数学ではユークリッド原論一部が翻訳された。チャイナでは、後漢時代の100年頃には蔡倫によって紙が開発されていた。その紙を利用して、独マインツのグーテンベルグが開発した印刷術によって、記数法がヨーロッパへ伝わった。中世の暗黒時代のことであり、僧院内の学芸模様となった。
零の概念を示す身近な例として、建物の階数を示す際に、ヨーロッパ諸国では、0階(グラウンド・フロアといい、日本の1階に相当)、1階(日本の2階に相当)、2階(日本の3階に相当)、と順に数えていく。日本からの観光客が、旅行先で戸惑う文化的違いの一つであり、基準となる階数の数え方の違いは実に興味深い。つまり、私たちの生きていく原点やビジネスの基準をどのように考えて行ったらよいかということを示唆するからだ。私にとっては、高校時代以来の久し振りのことになるが、吉田洋一『零の発見?数学の生いたち―』(岩波新書 1939年)を再読してみた。零の発見と空の思想という一見して関係のなさそうな事柄が、何らかのつながりがありそうだったからである。「何が、いつ、どこで、何に、どのようにつながるかは、誰にもわからない」ということは、創発の精神につながり面白い。
(金安岩男 慶應義塾大学名誉教授)
