命名

赤ちゃんの誕生に伴って、名付けをどうするかは楽しくはあるが、さまざまな思いが渦巻き、配慮が求められる仕事にもなる。とくに、生後2週間以内に、市町村に出生届を提出しなければ過料(行政罰)となるので、急かされることになり少しばかり厄介である。ある期間内に氏名を考え、名前をつけることが親としての義務であり、個人の確立と他人との識別とが主な目的となっている。親が、どれだけ命名に工夫したかが問われることになる。
私の名前は、母方の祖父岩蔵から一字もらったものである。日本ではよくあるケースだ。祖父は1940年に亡くなっているので、私は祖父のことを直接は知らないが、母によれば、孫である私は、祖父の趣味であった魚釣りなど、祖父に似ていることが多かったらしい。可能ならば話をしてみたい一人である。
名前は、戸籍に掲載される本名と、芸名、力士名、筆名のように、本名以外につけられる名前とがある。歌手の場合に、あまり売れなかった時代からいくつも芸名を変えて、やっと人気歌手になる物語は、多数耳にしている。また、歌舞伎役者の家に生まれると、家業として「何代目○〇」のように、役者名を名乗るのは宿命的である。しかも出世魚のごとく、変化していく。また野球殿堂入りのメジャーリーガー、「イチロー」選手の活躍ぶりは誰もが知っている。鈴木一朗が本来の氏名であるが、オリックスの仰木監督の時代から「イチロー」が選手名となった。この種の命名は選手とファンとの距離を近くし、追随する選手を多数輩出した。大谷翔平選手も、今や世界の”Shohei Ohtani”になっている。
命名とビジネスとの関係性を考えてみると、いくつかのことが思い浮かぶ。新商品や新サービスの推進のために、名前を工夫することは大事である。候補名のデータベースから選択する自動車の新車名の物語もつとに知られる。魅力的な商品名は、認知度の向上、理解度の増大などを通じて売り上げの増加に貢献しそうである。自分自身が所有した自家用車の車名を時代順に並べてみただけでも、自動車会社の思惑が透けて見えるので興味深い。命名権の話題にも触れたいが、別の機会にとっておくことにしよう。
大学の名称の場合は、どうであろうか。大学名は、その組織の理念や目的を簡潔に示す必要があるので、まじめに検討する必要がある。大学が時代とともにあることを意識したものに、慶應義塾大学、明治大学、大正大学、昭和医科大学、帝京平成大学、令和健康科学大学などがある。地域的広がりを意識したものに、日本国内だと、日本大学、東日本大学などがあり、北海道、東北、東京、名古屋、京都、大阪、九州などを冠した旧帝大がある。国際大学、亜細亜大学、立命館アジア太平洋大学などは、日本を飛び出て、世界的視野をベースにした名称である。
学部名や学科名は、社会と研究・教育の急速な進展とともに、変化が著しい。名前の変化が、学問の進歩や社会の要望に追いつかないようだ。その結果、どうしても学部名が旧来のものよりも長くなりがちである。昔の、理学部、工学部、医学部、薬学部、文学部、法学部、商学部などの一文字からなる学部名が単純で素晴らしく思えて、懐かしくもある。因みに、私の学校歴は、経済学部、地理学部(大学院)で学び、理学部、環境情報学部、総合政策学部そして政策・メディア研究科(大学院)で教鞭をとったことになる。外部の非常勤講師なども含めると、経済学部、文理学部、教養部、21世紀社会デザイン研究科(大学院、現在では「21世紀」の部分が無くなっている)などに属したこともある。
授業科目名も興味深い。かつて私の担当科目であった「地理学」は学問分野そのものを表現していたので分かりやすい。テーマを意識した科目「フローデザイン論」は、個人的にも思い出深いものであった。授業科目全体(カリキュラム)を設計した人は、構想力に秀でた戦略家であった。彼は考えた。さまざまな学問分野で、流体力学、物流、情報伝播等々、流れ(フロー)現象をテーマにしている。それらを素材にして、料理してみなさいということである。挑戦する大学キャンパス、新しい学部にふさわしい授業科目の内容を検討せよ、との仰せである。
そこで私は考えた。ひと・もの・かね・情報のフロー現象を扱っている学問分野から、人口移動、物資の流動、取引の商流、資金の循環、情報伝播などを紹介し(フローの部分の和訳がそれぞれ異なることに注目)、さまざまな現象が発生しやすい確率を計算するエントロピー最大化の方程式を紹介した。そして最後に、時空間と人間の意思決定とを取り込んだ、「情報伝播モデル」を紹介した。
人間モデル(経済学では、「経済人モデル」がある)の応用としては、「地理的人間モデル」なる仮説的な人間モデルをも提示してみた。私の試みがうまく伝わったかどうかについては、いつか受講した卒業生に、社会人としての人生経験とともに感想を聞いてみたいと思っている。
(金安岩男 慶應義塾大学名誉教授)