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Men’s Life Style
金安 岩男

著者:金安 岩男
1947年2月に東京の下町に生まれる。
学部で経済学、大学院で地理学を学び、外資系情報企業、国立大学、私立大学での勤務経験を有し、研究、教育、研修などの各種プロジェクトを実施。地理学者として、計画実践、プロジェクト発想に取り組んでいる。海外諸都市の街歩き、相撲などを趣味に、発想のヒントをいつも探究中。社会的活動として、政府機関、地方自治体の各種審議会、委員会などの会長、委員などを務めている。
主な著書に、『時空間の構図』、『プロジェクト発想法』、その他多数。現在は、慶應義塾大学名誉教授、新宿自治創造研究所所長。

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コロナ禍下の講演会
2020/08/31

久しぶりに某自治体の生涯学習センターの講演会に講演者として出かけた。8月下旬のことだった。主催者はコロナ禍ということもあり、しばらくの間は活動を停止していた。今回の開催は再開後第1回の講演会ということもあり、慎重の上にも慎重に対応した。会場の入口には消毒液を用意し、会場内は、着席にゆとりを持たせ、演者、司会者と参加者との間に透明の飛沫防止シートを設置した。休憩時間には窓を開け換気に留意し、終了後は、机や椅子など、すべての備品等を消毒する気の使いようであった。

私が取り上げたテーマは、かつて本欄の「看板考」(2019年6月号)で紹介したことのある、店の看板についての話題である。題名は「看板に学ぶ日本文化の魅力」で、副題は「着眼小局、着地大局」とした。たかが看板には違いないが、その由来やその後の展開を探求していくと、その到着地点は興味深い広がりになるというわけである。講演の目的は、店の「看板」を取り上げて、広告を含め、その文化史・誌を紐解き、看板から日本文化の魅力を学びたい、というものであった。

私が所有している看板も会場においてもらった。これは明治41年(1908)に津村順天堂が作成した胃腸薬の看板で、シルクハット、モーニング着用の紳士の腹部に、「胃活」という名の新商品を表現した看板であった。

話題として、葛飾北斎と看板を巡る話を紹介した。ある時、北斎は、両国辺りの絵草紙問屋の依頼で招牌(かんばん)を画くことになった。江戸時代には、中国語由来の招牌と看板の両方の言葉が共に使われていたようだ。問屋の主人は喜んで、北斎作の看板を店先に掲げようとした。

ところが、北斎の兄弟子である春好が、北斎の腕の拙さを笑い、師の恥になると言った。そこで春好は、北斎の面前で、看板を引き裂き打ち捨てたという。この時、北斎の心の中に、いつか世界第一の画工となって、この恥辱をそそぎたいという気持ちが強く湧き出てきた。北斎が晩年に人に語って言ったことは、「我が画法の発達せしは、実に春好が我をはづかしめたるに基せり」だと。

屈辱をバネにした頑張りの事例を見る思いがする。北斎は世界でもっとも有名な日本人画家となり、北斎の「神奈川沖浪裏の富士」は日本を代表する絵画となっている。神奈川県民は、そして日本人はもっとアピールしてよいと強く思う。この話題は、飯島虚心『葛飾北斎伝』(明治26年 1893)に掲載されており、岩波文庫で読むことが出来る。

招牌(かんばん)のもう一つの話題は、坪内逍遥の小説にもみられる。どのような文言なのか。「彼処(かしこ)に下宿所(げじゅくどこ)の招牌(かんばん)あれば、此方(こなた)に人力屋の行灯あり」(坪内逍遥『当世書生気質』(明治19年 1886)ということで、「下宿所」と「人力屋」の二つの看板が登場する。明治時代の小説はふりがな(ルビ)が振られていて、読むのに都合がよい。葛飾北斎も坪内逍遥も、たまたま招牌(かんばん)つながりで、私の網にかかってきた。面白いものである。

当日は、受講生への看板クイズをいくつか準備しておいた。その中の一つに、将棋の「歩」の裏のひらがなの「と」を示した看板があった。「さてこれは何の店を示しているでしょうか」、というクイズである。「と」は「と金」とも呼ばれ、相手の敵陣に入ると、一番弱い「歩」が成ることによって、より強い駒である「金」になる。金、つまりカネになることから、質屋を意味する。「と」と「金」との関係やいかに。ある人の説明によると、「金」の略字が「今」であり(発音が共にコン)、「今」の崩し字が「と」に似た字になることに由来する。これもなかなか面白い。

古き良き看板の話ばかりだと飽きられてしまいそうなので、現代の電子看板(デシタル・サイネージ)も紹介して、講演を終えた。参加者の熱心さに刺激されたので、これからも何か面白そうなネタを探さねばと思ったある夏の午後であった。




(金安岩男 慶應義塾大学名誉教授)

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